3.14.2012

風邪と彼女と卵粥



「38.4・・・風邪ね」

体温計に表示される、今まさに計ったばかりの体温を読み上げる。
その当人は、今布団の中で顔を真っ赤にしている俺を、文字通り"呆れ顔"で見ていた。

「朝から顔色が良くないと思ったら・・・まったく。」

「しょうがないだろ。ひいちまったもんはひいちまったんだから。」

風邪になりたくても、俺の体は弱くない。
風邪には普通、罹りたくても罹れない性分なのだ・・・

「とか言って、結局罹ってんじゃない。どうせ、寝ている時にお腹でもだして寝てたんでしょ。」

う~ん。
俺、いつも腹出して寝てるんだけどな・・・

「昨夜は冷えてたの!いつも夏の夜は暑いとは限らないのよ!せめて布団くらい掛けて寝てよね。」

でもなぁ・・・寝る時は暑かったんだけどな・・・

「言い訳しない!」

そういって彼女は、踵を返して部屋を出て行く。
でもその時肩越しに、「・・・なんかあったら呼びなさい」って。
う~ん、そういうところについつい心揺れるというか・・・。


さてさて、俺こと"飛桐 孝也"(トビキリコウヤ)は、昨夜腹を出して寝ていて風邪を(そのせいか?)ひいた。
朝からだるいと思ったらさっきの熱だ。
そんな訳で、俺は今布団の中でヌクヌクしている。
いや、風邪な訳だから辛いんだけど。
で、
学校を休もうと、連絡したのがさっきブツブツ文句をたれてた女。
あいつの名前は"横尾 結"(オウビユイ)。
俺のクラスメートで幼馴染。
いやいや、ありきたりな展開なんていうなよ。
なんてったって、俺達は今まで一度も同じクラスになったことないんだ!
すごいだろ!ハッハッハ!ゴホッゴホッゴホ。はぁ。
まぁ、そんな奴だが、さっき電話したらすっ飛んできてこうやって看病してくれている。
俺は寝てれば治るっていったのに「あんたの言葉なんか信用できないわ!」って言って、勝手に押しかけるところ、大胆というかなんというか・・・。
つーかお前学校は?

「休む」

即答ですか・・・。
まぁ、丁度母親もクソ親父も出張で居なかったし、助かった。
結じゃないが、正直一人だとなんにも出来ないものだ。
・・・また、お礼しないとな。


ドアが開いた。

「孝、はいコレ。朝から何も食べてないでしょ?」

だるいおかげで動けず、空腹だった俺の鼻腔を、うまそうな良い匂いがくすぐる。
結は両手にミトンをして、小さなどんぶりを抱えていた。
中身は、本当においしそうな卵粥。

「ミルクがゆは嫌いでしょ?卵とだしで作ったわ。でも、本当に何も無いのね、冷蔵庫。あと、掃除機の一つくらい掛けなさいよ。」

悪いな。
基本、この家は俺しか居ないから、必要最低限のものがあれば十分なのだ。
冷蔵庫も、その日のうちに使うものくらいしか入っていない。

「仕方ないだろ。家は買い置きとかしねぇから。その時食うもんしか入れとかねぇ。あと、掃除も月一にしとけば問題なし。」

まぁ、時折彼女がこうして飯を作りに来てくれたり、掃除や洗濯に来てくれたりするもんだから、家の中は割りと片付いているしな。
布団の中から上半身だけ起き上がる。
その横に、彼女が座った。

「まったく、まぁいいわ。味に保障は無いけど。よかったらどうぞ。あっ、熱いから気をつけてね。」

「いっただきま~すっ!!!」

結から碗を受け取り、レンゲに手を伸ばす。
一口掬うと、白い湯気と共にうまそうな香りが漂う。

「あちっ!」

が、一口目は熱かった。
猫舌に痛みが沁みる。
くぅ~、冷ましたつもりだったのに・・・。

「ほら、言わんこっちゃない。もっと落ち着いて食べなさいよ。」

手放したレンゲと碗を、俺の代わりに彼女が手に取る。
さっき俺がそうしたように、今度は彼女が一口掬う。
そして彼女はそれを口元へ運び、自分の吐息で冷ました。
フーフー。
風を受け、レンゲの上の粥はどんどん熱を無くしていく。

「はい、あ~ん。」

十分に冷めた粥は、彼女の手によって俺の口元へ運ばれる。

「ん。」

ぱくっ。
・・・うん、今度は熱くない。
今度はしっかり、その味を噛み締めることができた。

「どう?おいし??」

「うん、うまい。絶品かも。」

卵だけなんだろうけど、そのうまみがしっかりと出てる。
ダシもよく利いている。

「ほんと?どれどれ・・・」

一口、彼女は粥を口へ運ぶ。

「うん、いけるわね。」

って、その感想は味見をしてないってことですか?

「まぁまぁ、細かいことは気にしない。ほら、あ~ん。」

一口、また一口と、彼女に冷まされた粥が俺の口に運ばれる。
その度に、俺の熱も下がっていくような気がした・・・。
そして、いつの間にか碗の中身はなくなっていた。

「ごちそうさまでした。」

きちんと丁寧に、手を合わせる。

「お粗末さまでした。」

そういって、空になったどんぶりを眺める彼女は、嬉しそうだ。

「あっ。」

唐突、俺の顔をみて彼女が、顔に手を伸ばしてきた。

「おべんと、付いてる。」

そして、頬についていたご飯粒を、自分の口に運ぶ・・・

「・・・」

「・・・」

あっ、真っ赤になった。
いやいや、俺の方が恥ずかしいんですけど。

「あ、あたし食器片付けてくるねっっ!」

といって、持ってきた食器をかかえ、慌てて立ち去る。
ガタガタガタ。バタンッ。
閉まったドアの向こうから、「ちゃんと寝てなさいよ!」と声が聞こえた。

「まったく・・・騒がしい奴だ。」

でも、それが嬉しかったり。
てへっ。
まぁ、いつもは気の強いあいつの、あんな姿を見られるなら。


━━━━たまには、こういうのもありかもしれない━━━━

end.

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