3.15.2012
『たった一枚の紙に描く物語 storyⅠ.猫の瞳と心のスキマ』
ある日,猫を拾った。
うす暗く,しょぼしょぼ降る雨の中,小さなミカンの絵が描いてあるダンボール箱で,そいつは鳴いていた。
(ミャア!)
思った以上に元気だ。
まだ小さなしっぽをゆっくり揺らし,興味津々の瞳でこちらを見上げている。毛並みは悪くない。
頭を撫でてやる。人に脅える様子も無い。
「飼い猫が増えて,手に負えなくなったか・・・」
丁度,彼女に相手にされなくなって淋しくしていたところだ。何分可愛いものには目の無い俺である。頼まれたプリンが雨に濡れないようにしながら,小さな命を抱えて帰路に着く。
「おかえり。もう,遅いよケンタ。待ちくたびれちゃった。」
コタツでくでっとしながら,コンビニ袋の中をゴソゴソ漁る彼女が「ん?」とコチラを見る。
「なにそれ?どーしたの?」
「んー,道で拾った。」
かわいかったから,と付け足して,敷いたバスタオルの上で身体を拭いてやる。
「わー本当だ,すごくかわいい!」
スプーンを咥えたまま,後ろから覗き込んでくる。猫も彼女に目を輝かせていた。
「なんでこんなかわいい子を捨てるなんてこと出来るんだろうね・・・。」
「ペットを飼うのは,それなりに金もかかるし,大変なんだろ。」
それにしたって酷い話ではある。この世に生まれてきた小さな命を,人間の都合で殺してしまう。なんとも身勝手なことである。
「ねーねーケンタ。この子うちで飼うの?」
「あー,そこまで考えてなかった。雨ん中だと寒そうだから連れて来ただけだし・・・よし,もういいぞ。」
ようやく体の自由が戻り,大きく伸びをしている。家中が珍しいのか,さっきからあちこち行ったり来たりしている。
使ったタオルとバスタオルとを洗濯機に放り込み,ガラガラしながら声を聞く。
「じゃぁ飼おうよ!うちらのこと怖くないみたいだし・・・ここペットOKだし・・・」
ダメ?と見つめてくる。彼女に瞳も猫みたいだ。
そんな目で見られたら断れない。
「まーそうなるだろうな。・・・お前ちゃんと世話しろよ?面倒くさいとか言ったら,お前を追い出すからな。」
もとより断る理由も毛頭無いが。
「やったー!ミルク,よかったねっ!!」
もう名前までつけてやがった。
自らも猫のごとく,ミルクとゴロゴロじゃれあっている。
彼女に相手にされなくなって,淋しさ紛れにミルクを連れて来たというのに,またもや俺は蚊帳の外らしい。
だがそんな彼女達を見ていても,不思議と淋しさは湧いて来なかった。むしろ穏やかな安らぎが,俺の胸を満たしていた。ミルクは彼女が奪っていってしまったが,同時に淋しさも去っていったようだ。これは,本当にミルクに感謝である。
洗濯機の止まる音がする。さて,これを干したら夕飯だ。
「おーい,お前ら。夕飯何がいい?」
気がつけば,外の雨もいつの間にか止んでいた。
━ある朝。眠い目をこすり,布団の中でゴロゴロする。
隣の彼はまだ起きない。無防備な彼の寝顔。急に恥ずかしくなって,布団の中にもぐりこむ。すると・・・
(ミャア!)
布団の上で声がした。頭だけ出すと,いつの間にかミルクがいた。
あの頃と変わらない,キラキラした瞳で見つめている。
「おはよう,ミルク」
ふと時計を見ると,もう6時を回っている。やばい,お弁当作んなきゃ。ひょっとすると,ミルクは起こしに来てくれたのかもしれない。
「ありがとねっ,ミルク」
慌ててミルクを抱えて台所へ。二年たっても何も変わってない。ダメだなあたし。
待っててあなた。早くお弁当作っちゃうから・・・。
Fin
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